エッセイ

テレビゲームの自分史を追うと、当時の記憶が思い出されて懐かしい

2020年3月7日

ゲームにも色んな種類がありますが、今回はいわゆるテレビゲームのことに絞りたいと思います。

テレビゲームって、他にもコンシューマーゲーム機とか家庭用ゲーム機とも言われますが、テレビゲームの方が何となく馴染みがあって、しっくりきます。

もう40年以上も前だけど、保育園の時に友達の家でやらせていただいたのが、テレビゲームをやった一番古い記憶です。

左右に分かれて、ドット絵の玉を打ち返すだけのゲームでした。テニスだったかな。

 

確かこんだけの絵しかなかった。

 

こんな本体だったような。

その友達の家には、色々とおもちゃがあって、よく遊びに行っていました。

テレビゲームではないけど、ちくたくバンバンとかもあって、遊ばせていただきました。

 

当時何故これに熱くなれたのか不思議。

ファミコンが登場する前は、まだテレビゲームが普及する時期ではなかったからか、テレビゲームを持っている友人も少なく、ボードゲームで集まって遊んでいた記憶です。

 

これ持ってました。一人でやったこともあります...

ファミコンが登場する前には、カセットビジョンが出てて、木こりの与作が面白くてよく遊びに行きました。

印象的なテレビCMもやってましたね。

単純なゲームだけどホントに夢中になれました。

思い出すと自分の家になかったから、遊びに行ってばかりだな。

憲ちゃんありがとう。

 

これ、もう少し性能がよかったらファミコンより前に一人勝ちだったでしょうね。

その後、ファミコンが出るか出ないかの頃は、ゲームができるパソコンも出てきて、欲しくて欲しくて仕方がなかった記憶があります。

特にぴゅう太が欲しかったなぁ。

 

キーボードがペコペコだった記憶です。

で、やっと業界を席巻するファミコンが登場するわけだけど、しばらく我が家にはありませんでした。

不思議なものでとっても欲しかったのに、親におねだりした記憶がないんですよね。

たぶんこの頃はパソコンが欲しかったんだと思います。

家にありもしないに、マイコンの雑誌を買っては読んでいて、それだけで楽しかったなぁ。

 

通称「ベーマガ」山下章さんの「チャレンジ! アドベンチャーゲーム」の連載が楽しみで仕方ありませんでした。

その頃に近所の文房具屋さんにパソコンが置いてあって、自由に触らせていただけるお店がありました。

そこに行っては、雑誌のプログラムを打ち込んで遊んでいたことも思い出します。

懐かしい。

それこそ上の雑誌に書いてある、言語BASICを勉強してました。

小学生にはマシン語はチンプンカンプンでしたので、取っつきやすかった覚えがあります。

 

当時は、ポケコンなんてものあって、こんな小さい画面だけどゲームができるから欲しかったなぁ。自分で打ったプログラムでゲームできました。

そんなこんなで何も持たずに過ごす内に、ある時期隣町でファミコンが安く売っているという情報を聞きつけ、友人達と自転車で10㎞ほど離れた今で言うホームセンターへ買いに行きました。

最初に何のゲームを買ったのかもう記憶がありませんが、バンゲリングベイだったかなぁ。

それまではよくピンボールをさせていただいたので、欲しかったのですが、たぶんCMの影響でしょうね。

いつもピンボールをさせていただいた、大野君ありがとう。

 

遊びに行った家のおばあちゃんの横でやってました。松平君の家にも行ったなぁ。

ファミコンには、本当にお世話になりました。

高校の受験勉強そっちのけで、ドラゴンクエストⅢをやっていたのは、いい思い出です。

今の子だと許されませんね。

どっちがいいのやら…

 

忘れていけないのが、ゲームウォッチ。

これはお母さんに買ってもらって持ってました。よくやりこんだなぁ。

結構高かったような。ファイア持っていた友達と交換してやりました。

その後、ゲーム機もゲーム自体もどんどんと発展して行って、その都度友達と騒いでいたのは、本当にいい思い出です。

世界が広がる気持ちになって、夢がありましたね。

-エッセイ

© 2021 たいしのブログ