遺言は、残された家族や大切な方のために、自分の財産を自分の考えに沿って分配することができる、最後の意思表示です。
遺言者の意思を遺すだけでなく、遺言を作成する事で、相続人間での争いを未然に防ぐことができ、仮に争いが起こっても、大ごとにはならないようにできます。
しかし、遺言者に財産が何もなく、むしろ負債のようなマイナス財産ばかりだった場合には、債務ばかりが承継されてしまいます。
そんな場合、債務の方が多い方の相続人は、遺言者が亡くなってから、各自の判断で相続放棄をすることができます。
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遺言書で債務を引き継がせたい場合
借入金の返済が終わっていない方は、もし自分が死んだ場合に、妻や子供は借金を負ってしまうことが心配になると思います。
もしかしたら、平等に扱いたい子ども達でも、それぞれの財産状況が違うことは当然ありえます。
裕福な子と生活が苦しい子とでは、心苦しくも裕福な暮らしの子に借入金を託したくなるかもしれません。
そんな場合、借金を特定の相続人に継がせるような、遺言書の作成はできるのでしょうか。
債権者には対抗できない
民法では、被相続人の債務は、相続発生時において、被相続人の一身専属的な債務でない限り、各相続人の「相続分」に応じて承継されると規定されています。
金銭債務やその他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものとされています。
遺言者が亡くなったその瞬間に、借金は相続人に法定相続分の割合で、受け継がれてしまうのです。
債権者からしたら、亡くなった遺言者の借金を資力のない相続人が引き継いで、財産が他の裕福な相続人に引き継がれては、回収できるものも回収できません。
よって、いくら遺言書で相続債務について指定しても、それは、債権者の関与なく、勝手にされたものであるから、相続債権者に対してはその効力が及ばないものとされています。
その為、各相続人は、債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければなりません。
相続人間では有効
しかし、これは債権者に対しての扱いで、相続人の間では、結論が異なります。
相続人間で有効な効力として、遺言書で債務を承継する相続人を指定することができるのです。
指定された相続人は、遺言書のとおりに負債を支払わなければなりません。
つまり、「長男にすべての負債を相続させる」という遺言があった場合、次男も債権者からの請求には、支払わなくてはなりません。
しかし、この場合、支払った後に次男は長男へ支払い分を請求することができます。
債務承継遺言書の例
債務を特定の相続人に引き継がせたい場合、遺言書に以下の条項を記載致します。
第〇条 遺言者は、その負担する一切の債務を、遺言者の長男〇〇〇〇に相続させる。
理由もなく債務だけを残されては、指定された相続人も対応し切れませんので、何かしらの配慮がないと相続放棄をされ、他の相続人が債務を負担することになります。
遺産分割協議も同じ
同様の理屈で、相続人間で負債を承継する相続人を決めたとしても、債権者には対抗できません。
相続人間の取り決めとして、遺産分割協議で相続人全員が合意をしたら、特定の相続人が全ての債務を負担する決定をすることは可能です。
また、遺言書と異なる割合で債務を相続することもできます。
遺産分割協議の場合も遺言の場合と同様に、請求された相続人が一旦債権者に債務を支払わなくてはなりません。
その後で、負債を相続することに決まった相続人に対し、支払った分の金額の返還を求めることができるのです。
財産の全てを1人に渡した場合
債務の相続方法の指定は、上述のように債権者には通用しません。 反対に、債権者は相続人の誰からでも、貸付金を取り立てることができるとも言えます。
しかし、遺言の趣旨を読み取り、遺言による債務の指定を認めた判例もあります。
平成21年の判例
相続人のうちの一人に対して、財産全部を相続させる旨の遺言により、
相続分の全部が当該相続人に指定された場合
遺言の趣旨等から相続債務については
当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが
明らかであるなどの特段の事情のない限り 当該相続人に、
相続債務もすべて相続させる旨の意思が
表示されたものと解すべきであり
これにより、相続人間においては
当該相続人が指定相続分の割合に応じて
相続債務をすベて承継することになると解するのが相当である。
つまり、全ての財産を譲る遺言を作成した場合には、遺言者が意図していなくても、負債の全部も一緒に相続されてしまうのです。
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財産全部を譲る負債に留意した遺言書の例
全ての財産を譲ると負債まで全て承継されてしまいます。
判例に「相続債務については、当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り」とありました。
よって、以下の記載をした遺言書を残しておくと、全ての債務として承継されません。
第〇条 遺言者は、その負担する一切の債務を、遺言者の長男〇〇〇〇に相続させる。但し、負債については、法定相続分通りに相続人に分割承継させる。
現実的な承継させる債務の限度
あまりにも多額の債務を引き継がせるのは、相続人間の争いを引き起こします。
住宅ローンが残った不動産と一緒に債務を受け継ぐ場合や、事業を承継してもらう場合等、合理的な理由がない債務を承継させる遺言はおすすめできません。
合理的理由がない場合は、以下の記載事項に留めておいた方が現実的だと思われます。
① 遺言者の未払いの公租公課、入院費用、その他一切の債務
② 遺言者の葬儀、埋葬等の費用
③ 本遺言の執行に関する費用
④ 遺言執行者に対する報酬
まとめ
自分の借金を引き継がせたくない気持ちを、遺言書を使って解決することは、かなり難しいと言えます。
債務だけを引き継がせるとした相続人が、相続放棄をしてしまうかもしれません。
納得できる理由がなければ、おそらく放棄してしまうでしょう。
やはり、一番迷惑をかけない方法は、自分の生存中に債務を減らしておくことです。
債権者と話し合う任意整理や、破産等の法的な債務整理といった方法がいくつもあります。
今の生活と、自分にもしものことがあった時のことを想定して、遺言書を作成しないと、余計に迷惑がかかることにもなりかねません。