エッセイ

例えば天気予報みたいな情報も受け手側の取り方で次第で台無しになる

2020年2月27日

天気予報の精度って、様々な技術の向上で年々上がってる様だけど、個人的にあまりそうは感じないのは、気のせいでしょうか。

そもそもそこまで天気予報を、気にする機会がないからかもしれない。

とは言え、子供の行事やゴルフに行く場合は、必ずチェックしてしまう。

週間天気予報を見て、1週間後の天気がハズレる事があるもんだから、勝手に当たらないなぁ、なんて思ってるのかもしれない。


スマホのアプリでは、地図アプリでさえ雨雲レーダーがあったりして、直近の雨を知る目安になってありがたい。

紫外線や花粉や気圧まで予測してくれる。

そんなに頻繁に見ないくせして、稀に見る時が自分の中の1分の1だから、本当の精度を無視して、勝手にアテにならないものにしている。

勝手なもんだなぁと我ながら思う。

気象予報士の方も、ずいぶん増えたと思います。

人間のやることだから、きっと人によって予報結果も違うのだろう。

文字どおり予報なのだから、予報を聞いた自分たちが、その範疇で対策を立てることになる。

やっぱり晴れが一番いい。

でも、予報と言うと前もって知らせる事なので、正確には天気予測とでもした方が正確なんではないだろうか。

前もって、推しはかる訳ですから。

天気予測通知とでもした方が分かりやすい。

ネーミングにセンスがないですね。

天気予報って、英語でウェザーニュース(カタカナだけど)って言うと思ったら、違うんですね。

これ自体もニュースって言うから、予測を伝えるものではないように感じてします。

英語では「a weather forecast」って表すみたい。

こっちなら予測って意味と合いますね。

でも馴染みにくそう。

まぁ、そんなブツブツ言っても、なくては困る天気予報。

例えば100%雨の予報だったら、間違いなく降ってますから、色んなシーンで自分が上手に、天気予報を利用するのが正解なんでしょうね。

どんな情報も受け手側の取り方によっては、台無しになることもあるので、全ては自己責任かもしれません。

あまり物事に批判的にならずに、自分の取った行動は自分のものなので、何事も盲信しないで判断しようと思います。

考えすぎると何もできませんけどね。

でも、週末出かける時は、ちゃんとチェックしてしまいます。

なんだかんだ言っても天気予報、頼りにしております。

 

気象の変化からか、雪も降らなくなって来ました。少しさみしい。

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